復活されたイエス様は、ガリラヤで11人の弟子たちに会い、大宣教命令を下された。罪と死の力に打ち勝たれ、よみがえられたイエス様には、「天においても地においても、すべての権威が与えられています」(18節)。権威は主の御霊の力の現われである。弟子たちは主の権威を着せられて、「あらゆる国の人々を弟子とする」のである(19節)。
弟子とは、主に似た者のことである。「鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿をかえられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです」(Ⅱコリント3:18)。信じた者のうちには主の御霊が宿り、主と一体である。「父、子、聖霊の名において彼らにバプテスマを授け」(19節)…水のバプテスマは、キリストとともに死んで、葬られ、復活したことを現しており、主と一体とされたことを証しすることである。聖霊のバプテスマは、主と一体であることを体験することである。主と一つなので、主の権威を受け、主に似た者になるのである。
「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます」(20節)。主は御霊となって私たちとともにおられる。それは、私たちも栄光のからだに復活することの保証なのである。