『神の国の交わり』ルカの福音書14章1~11節「だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」14:11

 イエス様の時代のイスラエルの食事は、同じ一つのパンを裂いて食べ、一つの皿からのスープを飲んだり、料理を食べたりしていた。同じ一つのものを共有していることから、食事は交わりの意味があった。

 イエス様は、パリサイ派の指導者宅の食事に招かれた(1節)。そこに水腫をわずらっている人がいたが(2節)、彼は招かれたわけではない。なぜなら、水腫はのろいのしるしと考えられており、そこに集まる律法学者やパリサイ人たちは、排他的でプライドが高かったからである(7節)。

 真の交わりとは、互いを受け入れ、与え合うことである。イエス様は十字架にかかられる前、弟子たちと過越しの食事をされた。一つのパンを裂いて食べ、一つの杯から飲むことの奥義は、主のからだに与り、主の血による新しい契約関係が結ばれることである(マタイ26:26~28)。

ご自身の十字架のみわざにより、誰であれ、信じる信仰により「キリスト・イエスにあって一つ」なのである(ガラテヤ3:28)。

 主のからだなる教会は、互いに受け入れ合い、与え合う真実の交わりの中に生きるように集められた。神の国は、へりくだった者たちの集まりである(11節)。そこには真実な交わりがある。