40年間の荒野の旅が終わり、イスラエルの民は、約束の地カナンを目の前にしていた。神様はモーセに「ヨルダン川を渡って、約束の地に入ることはできない」と言われた(27節)。それはモーセが、民のために水を与えてくださるように主に祈ったとき、主の言われたとおりにしなかったからである。主は「岩に命じよ」と言われたのに、モーセは「杖で岩を二度打った」(民数記20:2~13)。「主が聖である」ことを示さなかったのである(民数記20:12)。
イスラエルをエジプトから連れ出し、約束の地を目指して40年の荒野の旅を導いて来たモーセは、約束の地を目前にしたとき、やはりその地に入りたいと、主に懇願したが、主は彼を激しく怒られ、願いは聞き入れられなかった(23~26節)。しかし後悔と嘆きでモーセの生涯が終わったわけではない。神様はモーセに、山の頂上から「約束の地」を見せてくださった(27節)。「乳と蜜の流れる約束の地を見た」モーセが、彼の後を引き継いで、イスラエルを導くヨシュアを励ますためだった(28節)。
今年も残りわずかとなった。来たる年がどのようであっても、主が帰って来られるまで、私たちの歩みは「約束の地」に向かっている。「目を上げて」、主が見せてくださる「約束の地」を見よう。互いに、また新しく加えられる人々とともに主を喜ぶために。