聖書は多くの箇所で、終末について言及している。パウロも教会に教えるとき、世の終わりを意識していたことがわかる(11節)。近年、世界中で紛争や自然災害が起こり、罪や不法が増大し、主は近いと感じるのではないだろうか(マタイ24:6~12)。イエス様は帰って来られ、御国を打ち立てられる。だから信じる者にとっては、世の終わりは待ち望んだ栄光のときなのである。主の再臨まで、困難や試練、誘惑が襲ってくると思われるが、主は真実である(13節)。折にかなった助けと励ましが、与えられることを信じよう。
「あなたがたが経験した試練はみな、人の知らないものではありません」(13節)。私たちの経験した試練は、イエス様の経験である。なぜなら私たちは、イエス様の通られた足跡をたどっているからである。イエス様が通られたので、耐えることができ、脱出の道も備えられている(13節)。
忍耐と脱出の道は十字架である。イエス様は十字架の上で、私たちのために、すべてを完了された(ヨハネ19:30)。肉につく私は死に、御霊の人として生きている。
十字架の真理は、世の終わりに臨む私たちの力である。