カナンの地の偵察のために、遣わされたイスラエル12部族の族長の内10人は、カナンに住む人々を恐れて「民の心をくじいた」(8節)。ヨシュアとカレブだけが信仰をもって、約束の地を占領できると報告した(民数記14:6~9)。カレブは、自分の心にあるとおりを報告したのである(7節)。「私たちはぜひとも上って行って、そこを占領しましょう。必ず打ち勝つことができます」(民数記13:30)。なぜなら「主が私たちとともにおられる」という信仰に立ったからであった(民数記14:9)。約束の地に入ったあとも、彼のこの信仰は揺らぐことなく(10~12節)、「主に従い通した」(8節)。
「主に従い通す」という言葉は、期間にして人生の最後までということになる。生涯に渡って、自分ではなく主を選ぶことである。
パウロは生涯の終わりに、「私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました」と言った(Ⅱテモテ4:7)。自分ではなく、主が生きている生涯であった(ガラテヤ2:20)。戦い抜く力も、走り抜く力も、主からのものであるという信仰…。
主に従い通したカレブは、かつて偵察に行った10人が恐れたアナク人のいる地、ヘブロンを相続地として所有した(12~15節)。
主に従い通す者には、義の栄冠が用意されている(Ⅱテモテ4:8)。