神様は創造のわざをなし終えたあと、永遠の安息に入っておられる(4節)。イエス様の十字架の贖いは、神ご自身の安息の中に、人間を招き入れるためであった。古き人(肉)は安息を知らない。「何かをすること」に意義を見出し、行いを重視する。この古き人(肉)は、イエス様とともに十字架につけられた。信じる私たちは、復活されたイエス様に合わされ(ローマ6:4)、天にある者となった(エペソ2:6)。キリストにあって、神の安息に入ったのである(3節)。
「神の安息に入る人は、神がご自分のわざを休まれたように、自分のわざを休むのです」(10節)。信じる者のうちには聖霊が住まわれている。自分のわざを休み、聖霊に委ねるとき、神の深い安息の中に憩っていることを知る。「あなたがたの心を頑なにしてはならない」(7節)。十字架は、私たちが神の安息に入る唯一の道である。私たちの霊は生き、神との交わりを喜び、楽しむことができるようにされた。
「わたしの愛にとどまりなさい」(ヨハネ15:9)。