『十字架につけろ』マタイの福音書27章11~26節  

 祭司長たちと長老たちに説得された群衆は、イエス様よりも、囚人バラバを釈放するように叫んだ(20,21節)。バラバは暴動と人殺しの罪で捕らえられた名の知れた囚人、つまり極悪人であった(16節)。バラバが釈放され、イエス様が十字架刑に処せられることは、父なる神のみこころだった。イエス様は実に、このためにこそ、この世に来てくださった。私たちの罪の身代わりに、十字架にかかって死なれるために…。

 イエス様とともに、すべての人は十字架で死んだ。イエス様がよみがえられたとき、信じる者は主とともによみがえらされ、主とともに天に座らせていただいた(エペソ2:6)。もはや自分ではなく、キリストが私たちのうちに生きておられるのだ(ガラテヤ2:20)。

 私たちの古き人(肉)は十字架につけられて、すでに死んでいる。だから、この古き人の声や思いに従う必要はないのである。もし古い私が主導権を取ろうとするなら、「十字架につけろ」(22節)。

 「古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」(Ⅱコリント5:17)。私たちは、キリストとともにある、新しい人として生きている。