私たちは御子イエス・キリストを信じる信仰によって、神の子どもとされた。それは、天の父から与えられた特権である(ヨハネ1:12)。
特権の意味を調べると、「特定の身分、資格のある者だけが持つ、優越的な権利」となっている。
「私たちが神の子どもと呼ばれるために、御父がどんなにすばらしい愛を与えてくださったかを、考えなさい」(1節)。「御父のすばらしい愛」は、イエス様を与えてくださったことである。神の子どもという特別な身分は、ただ、イエス様が献げられたことによって与えられた立場である。
神の子どもの「優越的な権利」とは、「キリストに似た者になること」である(2節)。イエス様が再臨され、顔と顔を合わせるとき、聖く、傷なき主と同じ姿に変えられる(2節)。
「私たちは今すでに神の子どもです」(2節)。神の子どもの立場はすでに与えられている。今この地上で、日々、イエス様を礼拝して生きるなら、イエス様の似姿を反映することになる。それは子としての特権を生きることである。イエス様に望みを置き、イエス様の聖さをあらわす者。それが神の子どもである。