ヨブの3人の友人は、ヨブの苦しみを慰めに来たはずなのに、いつの間にか、苦痛を吐露するヨブを責め立て始めた。シュアハ人ビルダデは、神の正義を全面的に押し出し(3節)、ヨブが神を敬わない者であり(11~19節)、彼の子どもたちは罪のために死んだのだと決めつけた(4節)。
「もし、あなたが熱心に神を求め、全能者にあわれみを乞うなら、もし、あなたが純粋で真っ直ぐなら、今すぐ神はあなたのために奮い立ち、あなたの義の住まいを回復されるだろう」(5,6節)。ビルダデは正しいことを言っているように見えるが、「神の義」を知らない人の言葉である。人間は自分の正しさで罪を赦されることはない。人は神の正しさの基準には、どう頑張っても達することはできないのである。それは人間が生まれながらの罪人だからである(ローマ3:23)。
罪赦されるのは、イエス・キリストの贖いによってだけである。信じる者は誰でも神に義と認められる。これが神の恵みである(ローマ3:24)。
神の子とされたことを喜び感謝し、神の恵みにとどまろう。ただ神を知ることを追い求めよう。私たちの熱心は、この一事に向けられるべきである(ピリピ3:12)。