『主に従い通す』ヨシュア記14章6~15節「しかし私は、私の神、主に従い通しました。」14:8
カナンの地の偵察のために、遣わされたイスラエル12部族の族長の内10人は、カナンに住む人々を恐れて「民の心をくじいた」(8節)。ヨシュアとカレブだけが信仰をもって、約束の地を占領できると報告した(民数記14:6~9)。 […]
カナンの地の偵察のために、遣わされたイスラエル12部族の族長の内10人は、カナンに住む人々を恐れて「民の心をくじいた」(8節)。ヨシュアとカレブだけが信仰をもって、約束の地を占領できると報告した(民数記14:6~9)。 […]
ヨシュアが率いるイスラエルは、ヨルダン川を渡って約束の地カナンに入った。カナンの王たちは、主がヨルダン川を涸らして、イスラエルを渡らせたことを聞き、すでに戦う気力を失っていた(1節)。勝利はすでにイスラエルの手にあった
イエス様は神のことばである(ヨハネ1:1)。ことばなる神が世界を創造され(ヨハネ1:3)、人間を罪と死の力から解放され、いのちを与えられた(ヨハネ1:4,5節)。 信じる者の内に、みことばなるイエス様は住まわれている
「聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます」(1:8)と、イエス様の語られたことばのとおり、聖霊が臨み、聖霊に満たされた教会は、「ユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地にわたり築き上げられて平安を得た」(31
40年間の荒野の旅が終わり、イスラエルの民は、約束の地カナンを目の前にしていた。神様はモーセに「ヨルダン川を渡って、約束の地に入ることはできない」と言われた(27節)。それはモーセが、民のために水を与えてくださるように
ぶどうの木のたとえから、天の御国について知ることができる。父なる神様の農園(御国)の中心に、ぶどうの木であるイエス様がおられる。枝である教会は、イエス様という、ぶどうの木につながってさえいるなら、豊かな実を結ぶのである
イスラエルの荒野での40年間は、不満とつぶやきが繰り返された旅路であったと言える。初めの人々のほとんどは死に絶え、新しい世代が中心となって、約束のカナンの地に向かっていた。しかし彼らもまた、食糧と水がないことに、不満を
イエス様は「神を説き明かす」ために、人としてこの世にお生まれくださった(1:18)。神は愛である(Ⅰヨハネ4:16)。父なる神は、御子イエス様を愛しておられ、その愛する御子をお与えになったほどに、世を愛された(3:16)
復活されたイエス様は、40日間、弟子たちにご自身を現された。天に上げられるとき、父の約束である聖霊を待つように言われた(49節)。信じる者に与えられた聖霊は、主の栄光である(ヨハネ7:39)。主の十字架の勝利と、天の立
私が帰って来るまで」…このたとえ話は、イエス様ご自身の再臨のときのことを語っておられる。イエス様は信じる者たちのために、再びこの地上に戻って来られる(へブル9:28)。そのとき私たちはみな、主からの報いを受けるため、キ